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八ヶ岳山麓の阿弥陀岳の麓「美濃戸minoto」での日常生活
by oikuri
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カテゴリ:八つだより( 275 )

エクシードkazu さんが・・・

2019/08/18(日)    (旧暦)文月18日

 エクシードkazu さんが・・・ひよこりと美濃戸口に姿を現しましたですよ・・・びっくりシャックリ。昨日は富士山に登ってご来光を拝んできたとのこと。長旅にもかかわらず元気いっぱい。元気をもらいましたです。ついさっき、熊本に向けて二泊三日のたびに出立しました。お気をつけて!


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玉ねぎの苗床







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玉ねぎの新芽


 一昨日(8/16)は、元職場の仲間二人と一年ぶりに再会、たのしい時間をすごしましたですよ。
 昨日(8/17)は、共同の畑仲間との「収穫祭」。次期の「当番」になりました。若い仲間も一人加わることになり、すてきな収穫祭になりましたですよ。




by oikuri | 2019-08-18 17:29 | 八つだより | Trackback | Comments(0)

なんとかなるさ

2019/08/15(木)    (旧暦)文月15日

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ハルゼミ

 ウリハダカエデの幹に「ハルゼミ」が鳴く、台風前の美濃戸口です。大阪と京都からはるばるやってきましたご家族と、今日(8/12)は「入笠山」に登ります。



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雲の中の赤岳


 台風前なので八ヶ岳にも雲がかかり「阿弥陀岳」の頂上は見えますが「赤岳」は雲の中です。
 でも、雨の気配はなく日差しもあり、少し暑いくらいです。



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ゴンドラリフト

 車を入笠のパノラマスキー場の駐車場に止めて、ゴンドラリフトに乗ります。約700m強を一気に上がります。下道をマウンテンバイクが転がり落ちるように通過して行き、空にはパラグライダーが飛んでおります。






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ヤナギラン

 リフトの上の公園では「ヤナギラン」が咲いて、歓迎してくれております。むかしはいっぱい咲いていた山の花なんですが、鹿の好物で激減しましたですよ。




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入笠湿原

 湿原は予想以上にいろんな鼻が咲いていて、とても綺麗です。蝶も乱舞していっそう目を楽しませてくれております。




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 湿原の上で休憩し「昼食」し、いよいよ入笠山山頂を目指して登ります。







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入笠山山頂



 台風の影響で雲が多く360度の絶景も今回はお預けです。まっ、八ヶ岳と諏訪湖がそこそこ見えたので良しといたしましょう。


 そしてこのブログをアップしている今は 8/15 。
そう、敗戦記念日(9/2より少し早い)です。もう、あれから何年経つのでしょうかね? 74年ですかね。鬼畜米英とこんなに仲良く付き合っておる日本国民を、当方は全く想像出来ませんでしたね、あのころ、もっとも幼かったから「鬼畜米英」も漫画で知りましたていどですが・・・。
 そして、3/11(2011年)の第二の敗戦記念日から八年も経ってしまいましたですよ。
 第一の敗戦の時は、朝鮮・中国からシンガポールまで、加害した日本でしたがね、第二の敗戦では全世界に加害してはや八年、今後万年単位で加害し続けることとなってしましましたですよ。とても「オリンピック」などやっている時だとはおもえません。つくった原発は54基で「トイレのないマンション」状態とゆわれ、いまになって「廃炉」の技術も「放射性物質」の処理方法も「ない」とわかって八年、爆発したままの原発は放射能を放出し放題、海にも空中にも出放題、世界中に撒き散らす「加害国」日本になっております。当方が70年そこそこ生きてきての結果が「これ」です。
 次男に「お前たちに、こんなにも大きく長くかかる負の遺産を残してしまって申し訳ないとおもっている」とわびたら、次男が「なんとかなるさ」といってくれた一言がいまも心に残っております oikuri です。











by oikuri | 2019-08-15 16:09 | 八つだより | Trackback | Comments(0)

自由(jiyuu) その4

2019/08/09(金)    (旧暦)文月09日

  きのうは、まごのたんじょうびでした。もう16ねんもたつのだ。
 ここ、みのどにきてからも16ねんです。
 しんじられないはやさでときがすぎさる、もんですね。



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  嶋津さんからいただいたストーブの灰

  当方の借りている田んぼでは、玉ねぎを栽培したことがありまあせん。とゆうのも基本酸性土壌なので、うまく育たないからです。
 そこで、今回なかまの嶋津さんからいただいた「灰」を大量に投入して土壌改良を試みてみましたですよ。よく土とまぜて畝をつくります。



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  畝をたててから、十分に水をやりました。
 ここに、たまねぎの種を条蒔きします。条の間隔はやく10cmくらい。播いたら土をかぶせ、平らにならし鎮圧。




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  その後、薄く「灰」で表面を覆ったところ。


  さてうまく、芽が出てくれるでしょうか?





  白川静とゆう漢字学者がおりましたが、すでにこの世におりません。とても立派な学者だとおもいます。
 歯に衣を着せない発言からか学会からは煙たかれ、疎外されていたようですがね、当用漢字なんかを捏造した学会の方が基本おかしいのです。

 そんな白川静の辞書にも「自由」はないようです。 「自」 と 「由」 はあるのですが「自由」は、みあたりません。つまり、中国には昔は「自由」とゆう概念は存在しなかったのかも知れません。
 「自」は、正面からみた人間の顔の「鼻(hana)」の象形。自分のことを指で鼻さすことから「みずから」の意になったようです。
 が、一方の「由」は、「由来がしりがたい」となっております。まあ、瓢箪(hyotan)から駒みたいな字ですね。

 「みずからを空っぽにする」状態が、自由なのかもね。
 老子も「空っぽの部屋でなければ、使いものにならない」とゆってますからね、あたらずとも遠からずかも・・・。









by oikuri | 2019-08-09 09:52 | 八つだより | Trackback | Comments(0)

自由(jiyuu) その3

2019/08/05(月)    (旧暦)文月05日


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ゴボウの木

  ゴボウが大きく育ち「木」のようになったので「ゴボウの木」と呼んでます。
 花が咲いてたくさんの実がついて、子孫をたくさん残す、生命力バツグンの野菜ですね。
 日本の人口減少とは正反対の動きです。
 
 下の二枚の写真が、その花に実ったゴボウの実です。
 ピンポン球くらいの大きさに生育しますですよ。


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ゴボウの実








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ゴボウの実

 外来種のヤマゴボウは・・・下。




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ヨウシュヤマゴボウ


 この世は「バランス」でなりたっている。老子や孔子は「中庸」とゆう。陰と陽のバランスとか、社会と個人とのバランスとかで使われますね。
イエス・キリストは、この世は悪と善とのバランスで保たれているとゆう。つまり、悪と善とが均衡しているから「自由」が人間にあるのだと。この世の人間は、自由に悪と善をみずから選ぶコトができるのは、この均衡・バランスがあるからだと。しかし、人間には道徳的な社会的な法律や戒律があるため、話すこと行動することが、その法に一致していない限り自由がないとゆう制限があることは認めている。
 つまり、人間が悪人になるのも善人になるのも、このバランスの中で人間が自由に選んだ結果なのだから、その人間に自由に選択した結果・責任があるとゆうことになる。それではなぜ「自由」があるのかとゆえば、自由がないと人間が「悔い改める」ことができないからだと・・・。

 自分の「意志」で自由に選んだものでなければ、人間は自分のものとして身に付けることができない。よろこんで欲したことやものでなければ、自分の身につかないのが、人間だから。





by oikuri | 2019-08-05 10:39 | 八つだより | Trackback | Comments(0)

自由(jiyuu) その2

2019/08/01(木)    (旧暦)文月01日

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あざみ


 熊本と福岡の山とも二人が、笠ヶ岳から槍そして徳沢から焼岳と縦走したあと昨夕、こちらに寄ってくれましたですよ。海と山の話でもりあがり夜眠くなるまで話し込みました。今朝早々、軽キャンピング・カーで出立してゆき、熊本のエクシードkazu さんは蓼科山経由で浅間山の麓泊りのようです。若い!



 宗教の組織拡大にともなって、色々な問題が発生し、しつこい勧誘に悩まされた方もおられると思いますが、宗教こそ「自由」が保障されなければ本当の信仰に結びつかないものです。よく「折伏(syakubuku)」なんてゆうことばを聞きますがね、人の弱みにつけこんだり・なにか強制されて入信するような意味での「折伏」であるならば、それはもう宗教ではありません。この点で素晴らしいと思うのは「親鸞」ですね。
 大勢の各地から集まった信者との集会で、次のように明言できるものが、本当の宗教者とゆうものです。
 「念仏をとりて信じたてまつらんとも、またすてんとも、面々の御はからいなり」(歎異抄より)




by oikuri | 2019-08-01 20:09 | 八つだより | Trackback | Comments(0)

自由(jiyuu)

2019/07/25(木)    (旧暦)水無月23日


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 むらぐものむこうに輝く太陽、梅雨明けにはもう一息か?
 そうゆえば、アフリカ・インド・中国・台湾と広がっていた「ツマジロクサヨトウ」がついに鹿児島に上陸との報が・・・。
 「ツマジロクサヨトウ」については、聞きなれない言葉ですが、南米からアフリカにわたりトウモロコシやジャガイモを食い荒らし猛威をふるっている「夜盗虫」の新種です。卵から成虫・産卵まで三十日しかかからず、成虫の蛾は1000個から2000個の卵を産み、100キロ以上を移動可能とゆう繁殖力旺盛で、天敵もその数に及ばず「食糧の殺し屋」とゆわれているほどの夜盗虫です。鹿児島に上陸したら日本全国に蔓延するのは「あっとゆう間」です。
 畑をやっているみなさん「要注意」ですぞ。




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カラスも心配そうにしております。





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南八ヶ岳







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7/24の田んぼ

  人間にとって大切なコト、それは「自由」です。

 日本国憲法がすぐれた憲法だと思うのは「自由」を犯してはならない基本的人権と認定しているだけではなく、自由を妨げるもっとも大きな障害である「戦争」を放棄した点にあるのです。世界を眺めれば「戦争」をするのを当たり前のようにした国々が大半を占めておりますから、そんな中で「戦争の放棄」をすることが現実を無視した絵空ごとだと非難されるのは容易に分かるところです。
 ですが、本当に基本的人権としての「自由」を尊重するのであれば、その「自由を問答無用に蹂躙する、戦争を放棄するとゆう」結論に至るのは「理の当然」の結果なのです。ですから、本当に「自由」を基本に考えれば、「戦争」はできないはずです。

 戦時中「欲しがりません勝つまでは」とゆう標語のもとに個人の自由が抑圧されたことを知っている方も多いかと思います。そうでなくとも戦時下「自由」を口にすれば「非国民」だの「人非人」と指弾され、あげくは愛国心のない「敵国のスパイだ」と罪人扱いされる有様でしたよね。当然、思想の自由も政治の自由も言論の自由も宗教の自由もありとあらゆる「自由」が蹂躙され続けたのです。だから、ほんとうに自由が大切ならば、「戦争は放棄する」以外にないのです。
 そう言った意味で、日本国憲法は時代を先取りした、優れた憲法なのです。

 「自由」のないところに、未来はありません。


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7/24の田んぼ



  1989年からアフガニスタンで医療支援活動を開始した中村哲さんは、いまや干ばつに苦しむ現地の人たちとともに水路を切り拓き農業の再興に尽力をそそいでいる、当方が偉い日本人とおもう数少ない人です。その彼が、つぎのようにゆうことに「傾聴」するときが今だと思います。

 中村(ペシャワール会応援@相互フォロー のツイッターからの引用

 そうなんですよ。ほんとうにそうなんです。僕は憲法9条なんて、特に意識したことはなかった。でもね、向こうに行って、9条がバックボーンとして僕らの活動を支えていてくれる、これが我々を守ってきてくれたんだな、という実感がありますよ。体で感じた想いですよ。
 武器など絶対に使用しないで、平和を具現化する。それが具体的な形として存在しているのが日本という国の平和憲法、9条ですよ。それを、現地の人たちも分かってくれているんです。だから、政府側も反政府側も、タリバンだって我々には手を出さない。むしろ、守ってくれているんです。
 9条があるから、海外ではこれまで絶対に銃を撃たなかった日本。それが、ほんとうの日本の強味なんですよ。
 具体的に、リアルに、何よりも物理的に、僕らを守ってくれているものを、なんで手放す必要があるんでしょうか。危険だと言われる地域で活動していると、その9条のありがたさをつくづく感じるんです。






by oikuri | 2019-07-25 10:52 | 八つだより | Trackback | Comments(0)

みえないものは『ない』のか?

2019/07/21(日)    (旧暦)水無月19日

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木曽の御嶽山


 目に見えないものは「ない」・「存在しない」とゆうのは、人間の感覚的認識による判断にありがちな結論です。目に見えなくても、実際に感電したりテレビが映像を流したりすれば「ない」と思っていたものでも「ある」とゆう認識に判断をかえるのが人間です。つまり体験することで「ない」ものが「ある」ことになるんですよね。
 神なんかも「目に見えないもの」ですから、感覚的に判断すれば「神などはない」・「存在しない」とゆう結論になります。でも、宗教的な体験をすることで「神はいる」・「神は存在する」とゆう認識に判断を変える人々が生じることになります。
 原発などで扱う放射性物質が出す「γ線・β線・α線」なども目に見えないので、感覚的には「ない」ように見てしまいます。体験的に「レントゲン」などで放射線のようなものがあるんだなあっと思えば、見えないけど「あるんじゃないかなあ」なんてすこしは思うでしょう。でもね、放射線があると「危険だ」と思うと、逆に「めにみえないから・ない」とゆう感覚的な実感に寄りかかって「ないと思った方が気楽」だよねとゆう悪魔のささやきに身を委ねて「危険」を回避できたことにしたい人間のこころの平衡感覚も実際に「ある」んですね。このへんが人間のやっかいなところです。
 2011年3月11日の大地震で爆発・炎上した福島の原発は、爆発・炎上した当時から今まで、人間の手が出せない状態が続いております。かといって8年間の間に、この過ちを冷静に分析し今後に生かすような状況認識が得られたかと思いきや、「そんな事故はもう終息して・ない」んじゃとゆう雰囲気が蔓延するような努力が日夜傾けられていて、いつまでもこんなことにかかづらうような人間が「白い目でみられる」状況を形成する原発村の方々の欲の深さに、ぼうぜんとする今日この頃です。
 みえないものによって、日本の人口は確実に減少しております。そしてガン患者も確実に増加しており、一人がいくつものガンにかかって手術を受けております。めにみえないものは、ほんと、おそろしいものなんですよ。

 




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北アルプス


 近々、エクシードkazuさんが友達とこの「北アルプス」を縦走することになるようです。天気に恵まれますように!










by oikuri | 2019-07-21 21:55 | 八つだより | Trackback | Comments(0)

喜寿(kijyu)

2019/07/15(月)    (旧暦)水無月13日

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あずさ

 7/13(土)にすずらんの里駅から江戸に向かい出立。
翌日7/14(日)にこどもたちから「喜寿」のお祝いをしてもらいましたですよ。
満で当方が77歳、つれあいが数えで77歳です。
 念のため・・・すずらんの里駅には各駅停車しか停車しません。特急「あずさ」は通過して過ぎ去ります。上の写真は、その通過時の一コマです。



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焼き肉/会食

 ひさしぶりに焼肉をおなかいっぱい食べ、いろんな話やイベントを楽しんで、7/15今日、帰ってまいりました。まごもおおきくなり、長女もかれしをみなに紹介、たのしいお祝い会になり、感謝を胸に帰途につきましたです。みんな、おおきく成長した姿をみて、自分たちが歳をかさねたことをあらてめて実感した一日でした(感謝)。










by oikuri | 2019-07-15 22:24 | 八つだより | Trackback | Comments(0)

つゆの晴れ間

2019/07/10(水)    (旧暦)水無月08日



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ひまわり


 きょうは「つゆの晴れ間」、さすがに晴れると暑いですね。でもひさしぶいりに仰ぐ藍空は、気持ちが良いもんです。ひまわりも、うれしそうに太陽をながめております。畑の作物は、このところの低温続きで、生育がいまいち、この夏も野菜が「高騰」しそうな雰囲気になりつつありますですよ。家庭菜園で、防衛できるかたは対策を練った方がいいかもよ。



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おだまき


 このごろつくづく思うのは、本来の意味を逆さまにした「ことば」がとても沢山よのなかで飛び交うようになったなあっとゆうこと。
 「働き方」なあんてことは、個人が自由に考え行動し、勝手に試行錯誤をしてつかむものですよね。それを、個人が自由に行動・思考できる労働環境を「破壊」してしまい労働者の権利を剥奪し「労働基準法」を有名無実化した上で、企業や政府の側から「働き方改革」などとゆう個人の自由をないがしろにする自分たちに都合の良い規制を、あたかも当然の権利のように「ことば」にする事態は、ほんと異常な現象なのです。政府や企業が、ひとの「心の中に」手を突っ込んでくる、この異常事態を「異常」と感じなくなったのでしょうかね、あまり当方の耳には問題視する意見が届いておりませんですよ。
 「義務教育」なんかもね、誰が義務を負うのか「意味不明」なのがいまげんざいですよね。「国家公務員」て誰のことか日本国憲法に明記(第15条)されておるのに、なんとか法とゆう日本国憲法を無視した法律で「国民から選ばれもしないで」国家公務員を自称する「シロアリ集団」が、いまや日本の「貴族」と化してる有様をみてもわかるでしょっ。まあ、権力者のおうぼうをしばる「日本国憲法」が、しらぬまに「こくみんをしばる」憲法にされてしまった感が強いきょうこのごろですからね、「異常」が「正常」になってしまった「逆さまの世の中」でもふしぎはないのかも・・・。






by oikuri | 2019-07-10 19:46 | 八つだより | Trackback | Comments(0)

野原

2019/07/09(火)    (旧暦)水無月07日

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ヤマボウシ





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ヤマボウシ


 日本の中から「野原」がなくなってゆく。
 野原みたいなところも、結局管理された広場だったりしてがっかりする。
 ようするにこの日本から「余裕」とゆうものが失われてしまったとゆうことか?

 野原とゆえば、こんどおきなわのそうかがっかいの「野原よしまさ」とゆう方が参議院選挙の東京地区で立候補しましたね。これってかなり
かっきてきなことです。公明党代表の「山口なつお」に対抗してのりっこうほですからね、そうかがっかいいんのひょうがどのようにうごくのか、ひとつの社会実験みたいなところがありますですよ。オセロが「森が動く」現象におびえふるえる立場に「なっちゃん」がなるのかが、見所です。つまらないせんきょがすこしでもおもしろくなることは、とてもよいことです。
 それにしても、おきなわのひとは、ゆうきがありますですね。









by oikuri | 2019-07-09 13:18 | 八つだより | Trackback | Comments(0)