八ヶ岳山麓の阿弥陀岳の麓「美濃戸minoto」での日常生活
by oikuri
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2018年 08月 31日 ( 1 )

つながり 01

2018/08/31(金)  (旧暦)文月21日

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 ここ八ヶ岳の麓の田んぼで稲を栽培するなんてことが現実になるなんて、とても想像がつかないことでしたが、これもひょんな縁があってのことでした。
 写真は、去年の今頃の田んぼです。今年から田んぼはやりません。

 当方が小学生の頃は、農家に育った関係か「論語」とか「孟子」の分厚い本が置いてありましたね。でも、当方に直接的な「つながり」はなかったように思います。戦後間もない小学校低学年のころは近所の家に宣教師の卵ののような人がいて、夕方ゆくとお菓子を出してくれるのが楽しみで説教を聴きに行ったものです。小学5年の時に杉並から武蔵野に引っ越して、中学生になったときに家に置いてあった「聖書」をあけて今思えば旧約から眺めた記憶があります。そのときは、なんのことやらさっぱりわからず放り投げましたですよ。
 中学生の時は、武蔵境とゆう中央線の駅から吉祥寺駅まで行き・京王井の頭線に乗り換えて富士見ケ丘駅で下車し中学校に通った「越境」生活。土曜日の帰りはいつも吉祥寺で下車して同じ「越境」者の友達の家に寄るのが習慣になっておりました。その友達の家には亡くなった父親の遺したSPレーコードがあり、当方は勝手にかけて自由に聴いてました。カタリカタリなんてゆう曲もそこで覚えましたよ。何といっても圧巻なのはベートーベンの第九のSP盤、6枚組か7枚組の重量級、重くて扱いにくいので、比較的軽い第八や第七を聴き覚えましたですよ。ワインガルトナー指揮・ウイーンフィルだったとおもいます。その友達の母親が、N響の第九を聴きに当方を誘ってくれたのが、西洋音楽との生のつきあいのはじまりです。そして高校時代に知り合った友達が、大のベートーベン狂いだったおかげで、ベートーベンのことを知るようになり、あのゲーテを知ることになりました。そしてゲーテの「ファウスト」や「詩と真実」を読むことでスピノザにであうことに。スピノザの「エチカ」で西欧や米国などでゆうキリスト教の正体を教えてもらいましたです。

註・・スピノザとゲーテについて知りたい方は、以下をクリックしてください。



by oikuri | 2018-08-31 22:04 | 八つだより | Trackback | Comments(0)