八ヶ岳山麓の阿弥陀岳の麓「美濃戸minoto」での日常生活
by oikuri
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つながり 05

2018/09/15(土)    (旧暦)葉月06日

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 だいぶ涼しくなってきました八ヶ岳の麓です。南国のくだものパッションフルーツが温室の中ですこし赤く色づいてきましたよ。つるに生っている状態で色づくのは、はじめての体験です。うまく熟してくれるように祈ります今日この頃の oikuri です。

 当方は大学を卒業すると板橋のメッキ工場に就職。ここで積水ハウスの組立工からメッキ屋さんに鞍替えです。ここで、メッキの研磨作業や防錆剤のシアンを使った洗浄作業やクレーンを使った大型ドラムの電極クロームメッキ作業を行いましたですよ。現場の守衛さん達はみな「鼻中隔穿孔(bicyukakusenkou)」で、職安に求人にゆくと職安の人に「oikuri さん、はやく別のところに職を変えないとダメだよ」とゆわれる程ひどい職場環境でしたが、約10ヶ月間そこで頑張りましたですよ。これで日本の小企業の実態の一端をしっかりみつめさせていただきました。社会保険の手続きにゆくと「お前んとこの会社は、とんでもない会社だっ」と局員にしょっぱなから怒鳴られながらも、書類を受け取ってもらいましたね。ようするに、新入社員の当方は、会社が社会保険の手続きを何年もほっぽってあったのを知らないで、のこのこと出向いたとゆうわけだったのです。その後も旋盤作業で労災事故があり、現場の作業や給与計算などもやりながら労災手続きにも駆け回ることとなり心身の消耗が激しく、また転職するほかなかったですね。まだこのころは日本経済の景気が良かったので、転職も「あり」でした。
 新聞広告の求人欄をみて応募したところ「合格」。入った職場が労働組合が強くて「二年越しの春闘」とゆうのをやっておりましたですよ。前の会社と全く対照的でしたね。前の会社と比べれば、給料も二倍・有給休暇と夏休みを入れると40日以上の有休がとれるし、ボーナスもでるとゆう夢のような労働環境にビックリしたもんです。その上、二年越しの春闘が解決して給与の差額が二年分支給されたんですから、前の職場の薄給の身からすれば、こんなにもらって良いのってのが正直なところでしたよ。同じ日本の中で、こんなに違うんだとゆうのを身をもって実感したわけです。まあ、まえの小企業があまり劣悪だったせいでもありますがね・・・。
 そうそう「いざなぎ景気」の頃です。

 メッキ屋さん時代には、本なんか読む時間はなかったですね。朝のラジオ体操の音楽を聴きながら出かけて、夜遅く帰宅する毎日でしたからね。若かったから、まだなんとかもったのだと思いますです。夜遅くの電車のガラス窓に映る自分の顔をみると、目の周りに「クマ」ができてるんです。そんなにくたびれているのかと、ハンカチで拭くと、緑色の汚れが付いてくる。その頃会社が開発した「旋盤式ドラム研磨機」の試運転に当方が選ばれて作業した時に、研磨棒とゆう通称「あお棒(クロームの粉を固めた研磨剤)」をバフ研磨布にすりつけてクロームメッキしたドラムの表面を研磨するんです。その折に発生する粉塵(二酸化クローム)が顔面に飛んで張り付いていたんですね。風呂に入って洗ったつもりでも、落ちていなかったんです。それに気づかず、くたびれて電車に乗ってガラスの向こうの顔をみて、はじめてはっと気づいたとゆうわけです。つまり、この時期をたとえれば「つながり」と「つながり」の空白期間であったとゆうことです。でもこの空白は、貴重な体験期間でしたね。




by oikuri | 2018-09-15 20:36 | 八つだより | Trackback | Comments(0)
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