八ヶ岳山麓の阿弥陀岳の麓「美濃戸minoto」での日常生活
by oikuri
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3.11とこどもたち

2015/03/11(水) (旧暦)睦月21日

 2011/03/11から丸四年の今日、当方はもらい風邪に悩まされおります。
 あのはばのある大きな横揺れのあとの刻一刻が、いま脳裏に蘇ってきます。
 まず弱かったのが石油備蓄基地の石油タンクでしたね、東京湾の千葉側
 のタンクが爆発炎上したのが始まりで、あの大津波で東北沿岸の石油基
 地も軒並みやられて、津波の被害を受けた海岸沿いをまた焼き尽くす
 業火となって夜間赤々と海岸線を照らしだし津波の被害を一層拡大した
 ものです。ふつう津波と火災ってそうそうつながるものではないので、
 見た時一瞬なぜだっと不思議な気がしたものです。
 その間も、
 地震で倒壊した上に例の大津波による家屋の流失と逃げ惑う人々の映像
 がテレビに何度も流されておりました。
 当方の八王子の家が無事かどうかを確かめに翌日行ってみましたが大き
 な被害もなかったので、国立の孫の家に行く。
 そこで、福一の原子力発電所が爆発する危険性が高まっている状況を
 みて孫の父親が「避難しよう」とゆって、
 とりあえず八ヶ岳の山荘まで孫家族全員と避難する。
 しかし、漏れ聴こえてくる情報を総合すれば
 メルトダウンは時間の問題と判断、
 急遽、家内の岡山の実家まで「避難場所」を移す。
 岡山の義弟は「まさか本当にくるとは・・・」とびっくり。
 それから小学校の春休みが終わるまで約ひと月「避難生活」を体験。
 倉敷の図書館は「避難者家族」支援のために子供向けの本の貸し出しの
 枠を広げてくれたので大変助かりました。でもやはり福島から1000kmも
 離れていると日常生活にそうゆう影がほとんど感じられない現実がそこに
 は流れておりましたね。良い悪いの問題ではなく、そうゆうものだとゆうこ
 とを実感としてまなびましたよ。
 この時に感じたことは、戦前の軍国主義時代は国民を苦しめ徴用し徴兵
 した悪政の権化のようにゆわれてきましたが、そんな悪の権化のような
 軍政下ですら、米軍の空襲に備えて子供たちを「疎開」させる措置をとって
 いたのに、今の政府は、金がかかる「疎開」措置は実施しませんとゆって、
 「こどもたちの疎開」をさせる責任をを放棄した
 「悪の権化・軍政」にももとる政府だとゆうことです。
 
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 実際に自主的に「避難生活」を体験して、突然とゆうことを差し引いても
 「個人的な避難生活」は一ヶ月が限度、とてもそれ以上の長期の避難生活
 は、避難者もその受け入れ側も精神的・肉体的な疲労でまいってしまいます。
 「疎開」は国の政策的な計画のもとに責任実施しなければならない大事業
 だとゆうことです。

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# by oikuri | 2015-03-11 20:54 | 八つだより | Trackback | Comments(0)

さくらの湯

2015/03/04(水) (旧暦)睦月14日

 今日は、伊那市の高遠にある信州高遠温泉「さくらの湯」に
つかってきました。
 この温泉は、強アルカリ性の泉質で「つるつる・すべすべ」感
のある気持ち良い湯が気に入ってのリピーターになってます。
 高遠の桜をみたら時間とおひまのある方は是非一度お入りに
なったらとおすすめしたいくらい良いお湯ですよ。
 信州には色々温泉があって、だからかどうか知れませんが、
長寿県になってるのかもしれませんですね。

 温泉こそ、老子のゆうところの道(タオ)の玄とゆうかくされた
側面が表面化して、徳(トク)となって現れる姿(玄徳)そのもの
ような気がします。
 あたたかでこころのなごむゆったりしたからだを芯からほかほか
とぬくめてくれる気持ちの良さはなんともゆえないものです。


  道(タオ)の力(パワー)が
  ひとにじかに働くとき、
  それを「玄徳(ゲントク)」と呼ぶ。
  玄徳のパワーは、
  あなたの身体(からだ)と心を
  ひとつにする。
  命(いのち)に満ちて、
  柔らかな、
  赤ん坊みたいにする。


 加島祥造著「老子」新訳(地湧社)第10章「玄」の深い力 より抜粋

  写真は「さくら湯」温泉の帰り道から眺めた「南八ヶ岳」です。

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# by oikuri | 2015-03-04 22:29 | 八つだより | Trackback | Comments(0)

本当の自分

2015/02/25(水) (旧暦)睦月07日

 この数日はまるで春のような陽気の八つです。春雨がたっぷり降った路面はアイススケートリンクと化して四駆でスタッドレスを履いた車も横滑りするおそろしい状態に、恐怖のドライブ。特に坂道はハンドリングが微妙で、滑りながら見当をつけて目標に走行先を操る出たとこ勝負のスリルを味わって下っております。恐怖にドライバーの腰が痛くなる今日この頃、みなさまは如何おすごしですか?

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 八ヶ岳実践農業大学校の売店前の広場の向こうにみえる阿弥陀岳と横岳

 自分のこころをコントロールすることがいかに難しいことか、みな実感できるとおもいます。それ以上に、他人のこころをコントロールすることなど不可能にちかいことは、自明のことだと思うんですが、みなさまはどうおもわれますでしょうか? だから、当方は「他人がどう思うか」なんて気にしても「どうしようもない」ことだと割り切って考えることにしたんですけれども、それでも時々他人の目が気になることがあるんですよね。でもそんなとき老子のこんなことばに出会うと、そうだよねって嬉しくなりますですよ。


 ひとは
 褒められたり貶されたりして、
 暮らしている。
 ひとにどう見られるか、どう言われるか
 いつも気にしている。
 しかしね
 そういう自分は本当の自分じゃなくて、
 社会の自分なのだよ。

加島祥造著「老子」新訳(地湧社)第13章たかの知れた社会なんだより抜粋



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# by oikuri | 2015-02-25 10:42 | 八つだより | Trackback | Comments(0)

方便

2015/02/21(土) (旧暦)睦月03日

 うそも方便 これってある宗教団体がこのんでつかうことばなんですが あんまりしょっちゅう利用乱発するもんで「うそも万便」になってしまって 大乗のお釈迦様もあきれはてておられます今日このごろ、みなさまいかがおすごしでしょうか? 旧暦世界は春節まっ盛り、ここ八つもあたたかなお正月日和です。

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 人間に生まれて「うそ」をつかなかったひとはそうはおられません。あまりうそをつかないと「ばかしょうじきなひと」とやゆされるのがおちの世の中、適当にうそをついて世の中の潤滑油にするのも生きるちえなんでしょうね。でも、うそをつくよりも「あまりしゃべらないほうがいいよ」と諭すのが老子です。

 タオ体験をした人は
 むだに喋らない。
 口ばかりか、耳と目を
 むだに働かさない。
 余計な欲望の穴をとざす。

 加島祥造著「老子」新訳(地湧社)第56章 「深い同化」の技より 抜粋

 註: タオ体験 --- 老子のゆう「道」をからだで感じること
       欲望の穴 --- 口、鼻、目、耳


            miyasaa さん、お茶さん コメありがとう。

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# by oikuri | 2015-02-21 20:01 | 八つだより | Trackback | Comments(0)

命は我にあり

2015/02/16(月) (旧暦)師走28日

 旧暦でゆくと今日は「仕事納め」の日、いよいよ春節到来です。
 福沢諭吉がその小冊子で口汚く「旧暦」をののしりさげすんで「新暦」をやたら持ち上げたからかどうかはしりませんが、明治以降は西洋暦に席捲されて旧暦の影は薄くなってひさしい。でもね、農業や命にとっては旧暦は欠かせない道具なんですよ、知らないでしょう。潮の干満なんて命に関係ないとおもっておられる方ばかりの日本になってしまってますもんね、いたしかたございません。
 さて、江戸時代の名著「養生訓」を遺した貝原益軒さんも、年季の入った老子愛好者だったんですね。読むと随所に老子の言葉が散りばめられていて、キラキラとあちこちで輝きを放っているのが目につきます。 たとえば・・・

 人の命は我にあり、天にはあらずと老子いへり。人の命は、もとより天にうけて生まれ付たれども、養生よくすれば長し、養生せざれば短かし、然れば長命ならんも、短命ならむも、我心のままなり。身つよく長命に生まれ付たる人も、養生の術なければ早世す。虚弱にて短命なるべきと見ゆる人も、保養よくすれば命長し、是皆、人のしわざなれば、天にあらずといへり。・・・
 伊藤友信訳・貝原益軒「養生訓」巻第一・総論上 P-261 より抜粋

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 山に登るにもルート案内標識が設置されておりますように、人生にも生き方の案内標識がそこここに設置されておるようなんですがみんな無視して通り過ぎて道に迷い遭難してしまうようですので、他人ごとではなくおたがいに気をつけて歩むことにいたしましょうね。

 そうそう、かおりさん チョコありがとう。

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# by oikuri | 2015-02-16 17:58 | 八つだより | Trackback | Comments(2)