ブログを再開しました。今までのおやすみをお詫び申しあげます。
by oikuri
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音楽

2015/03/26(木) (旧暦)如月07日

 音楽、歌でもいい楽器でもいい、独奏でも合奏でもいい。音楽のジャンルは問わない。聴きたいときに聴きたい曲をきければそれだけで幸せになれる。こころが自由になる。

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 ちょうど老子が・・・


大自然(タオ)の母親のおっぱいを
たっぷり吸っているんだよ。
滋養でいっぱいの
あのお乳をね。

加島祥造「老子」新訳(地湧社)第20章「おっぱい」は好きなだけ吸うがいいより抜粋

 ・・・とゆうように音楽を通して道(タオ)の力(エナジー)が身体に染み込んでくる感じです。好きな音楽を聴いているときは、まさに「滋養でいっぱいのお乳をたっぷり」と吸う感じです。音楽の持つ癒しの力は、道(タオ)そのものの力に依っているのかも知れませんね。


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by oikuri | 2015-03-26 19:51 | 八つだより | Trackback | Comments(0)

末法の世

2015/03/22(日) (旧暦)如月03日

 末法の世

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 人間の生活単位はやはり「家族」にあるだろうと思うが、「家族」をもたないひとやもてないひともいるから絶対的なものではない。ちち・ははがいてこどもがいてぢぢ・ばばがいる家族が望ましい構成かもしれないが、敗戦後の日本ではまず「ぢぢ・ばば」抜きのかく「家族」化が進行してゆき、いまそのかく「家族」もかげがうすくなって「家族」ほうかい時代の様相をしめしております。「家族」ほうかいの最大の被害者はやはりこどもです。いまこどもたちのおかれている状況は「末法の世」のような気がいたしますですよ。

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 老子は、家族持ちではなかったようなので、その言説には家族の影があまりありませんが、それでもいわゆる「老子」第一章で次のようにゆうのです


この名のない領域から
天と地が生まれ、
天と地のあいだから
数知れぬ名前が生まれた。
だから天と地は
名のあるものすべての
「母」なのだよ。


加島祥造「老子」新訳(地湧社)第一章11頁より抜粋
 そして、同書第五十二章126頁で


道(タオ)は万物を生む根源の力(エネルギー)と言ったが、
言いかえれば、道(タオ)は万物の母だ。
道(タオ)という母から生まれたわれらは
子なのだ。
そう知ることで、ひとは
道(タオ)の大きな優しさを知る・・・
子が母の優しさを知るようにね。
自然に
母の懐(ふところ)に帰ることで、
安らかな人生に向かう。

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 と、ゆうように老子は、ははとこどもの関係を使って「優しさ」や「やすらぎ」をたとえにしております。まあ、ははがかならずしも「優しい」とは限りませんが、それでもこどもはははを愛します。鶴見俊輔のようにははから生まれたときから「殴ったり」「蹴ったり」「柱に縛りつけたり」されてもこどもはははを愛するのです。
 それくらい、こどもにとっては、ははは必要な存在であり、その次に「家族」とゆう環境に深く影響を受けてそだつ存在なのです。でもいまはその「家族」も影がうすくなっている「末法の世」に知らぬ間にこどもたちは置かれ、どうしたらよいのか途方に暮れているのです。こどもたちに、今、ははのような優しさでおとなたちが接してあげないといけない「末法の世」であることを自覚し、おとながこころして接(行動)しないと、こどもたちがあまりにもかわいそうな世の中なのです。



 お茶(カノン)さん、すてきなコメをありがとうございます。 3/22 by oikuri
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by oikuri | 2015-03-22 19:50 | 八つだより | Trackback | Comments(0)

水のように

2015/03/18(水) (旧暦)睦月28日

 森沢明夫とゆうひとが質問し、須藤元気とゆうひとが答える形式の 「風の谷のあの人と結婚する方法」とゆう面白い標題の本(幻冬社文庫 す61)があったので読んでたら、その164頁に次のような文言が・・・

 理想的なリラックス状態とは「水」ではないでしょうか。水は、どんな器に入れてもその形になれます。そして、己の形が変わっても、自分自身が水であるというアイデンティティーは決して失わない。<和して同ぜず>です。周囲とは争わず調和を重んじるが、自分の信念はしっかりと持ち、安易に同調したり迎合したりはしないという意味です。

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 ・・・あれえっ!? どこかで聞いたような文言では? と加島祥造「老子」新訳をめくってみるとその27頁の第八章に・・・


タオの人は、
水に似ている。
水は、
すべてのものを生かし、養うけれど、
争ったり、威張ったりしない。
ひとの厭がる低いところに、
すすんで入ってゆく。
タオの人の暮らし方も、地について、
低く落ち着いている。
心は、静かで深い淵のようだ。
ひとには、優しくて、親切だ。
自分のいちばんいいタイミングで活動する。
仕事はひとに無理させないで、
自分の喜びからしている。

とにかく水に似た人は、
争わない。
争わないから、
誰からも非難をうけない。

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 そう、水は凍ると入っていた器を破壊する力を秘めております。水滴の一つ一つはなんともないものですが、固い岩でもいつの間にか穴をあけたりする力を秘めております。でもそんな素振りはつゆもさとられないやさしいしなやかさが水の心情です。あやかりたい水の生態ではありますね。


・・・上の写真は、ここのところの高温で雪が溶けてその下から出てきた木の葉です。ここ八つも春近しです。

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by oikuri | 2015-03-18 22:02 | 八つだより | Trackback | Comments(2)

イマジン

2015/03/14(土) (旧暦)睦月24日

 くれた本人ももらった当方も風邪の症状から解放されつつあります。
 あの新井満氏が2006年5月にニューヨークの亡きジョン・レノンの
 自宅ダコタ・ハウスでオノ・ヨーコ女史と対談した話を読んでいたら
 こんな話の展開になっており、びっくり

オノ 老子といえば、ジョンと老子の話をしたことがありますよ。
   ジョンは老子に似たタイプだとおもうんです。
   「あなたはそうゆう人ね」って言うと、とても喜んでました。
新井 へえ、ジョン・レノンさんが老子のように感じられたという
   のは面白いな。
オノ 何かこう、フラッとしてるのよ(笑)。
新井 フラフラッですか?
オノ そうじゃないの。さりげなくフラッと現れて、いつのまにか
   フラッといなくなるの。
新井 なんだか風みたいな人ですね(笑)。
オノ そう。ジョンは、風ね。

新井満 自由訳「イマジン」(朝日文庫あ-46-3)111頁より抜粋

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イマジン       詞/ジョン・レノン

想像してごらん 天国なんてないんだと
やってみれば かんたんだろう
下に地獄もないんだ
上にはただ空がひろがっているだけ
想像してごらん
みんないまこの時を生きているのを・・・

新井満 同書64頁より抜粋





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by oikuri | 2015-03-14 20:36 | 八つだより | Trackback | Comments(0)

3.11とこどもたち

2015/03/11(水) (旧暦)睦月21日

 2011/03/11から丸四年の今日、当方はもらい風邪に悩まされおります。
 あのはばのある大きな横揺れのあとの刻一刻が、いま脳裏に蘇ってきます。
 まず弱かったのが石油備蓄基地の石油タンクでしたね、東京湾の千葉側
 のタンクが爆発炎上したのが始まりで、あの大津波で東北沿岸の石油基
 地も軒並みやられて、津波の被害を受けた海岸沿いをまた焼き尽くす
 業火となって夜間赤々と海岸線を照らしだし津波の被害を一層拡大した
 ものです。ふつう津波と火災ってそうそうつながるものではないので、
 見た時一瞬なぜだっと不思議な気がしたものです。
 その間も、
 地震で倒壊した上に例の大津波による家屋の流失と逃げ惑う人々の映像
 がテレビに何度も流されておりました。
 当方の八王子の家が無事かどうかを確かめに翌日行ってみましたが大き
 な被害もなかったので、国立の孫の家に行く。
 そこで、福一の原子力発電所が爆発する危険性が高まっている状況を
 みて孫の父親が「避難しよう」とゆって、
 とりあえず八ヶ岳の山荘まで孫家族全員と避難する。
 しかし、漏れ聴こえてくる情報を総合すれば
 メルトダウンは時間の問題と判断、
 急遽、家内の岡山の実家まで「避難場所」を移す。
 岡山の義弟は「まさか本当にくるとは・・・」とびっくり。
 それから小学校の春休みが終わるまで約ひと月「避難生活」を体験。
 倉敷の図書館は「避難者家族」支援のために子供向けの本の貸し出しの
 枠を広げてくれたので大変助かりました。でもやはり福島から1000kmも
 離れていると日常生活にそうゆう影がほとんど感じられない現実がそこに
 は流れておりましたね。良い悪いの問題ではなく、そうゆうものだとゆうこ
 とを実感としてまなびましたよ。
 この時に感じたことは、戦前の軍国主義時代は国民を苦しめ徴用し徴兵
 した悪政の権化のようにゆわれてきましたが、そんな悪の権化のような
 軍政下ですら、米軍の空襲に備えて子供たちを「疎開」させる措置をとって
 いたのに、今の政府は、金がかかる「疎開」措置は実施しませんとゆって、
 「こどもたちの疎開」をさせる責任をを放棄した
 「悪の権化・軍政」にももとる政府だとゆうことです。
 
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 実際に自主的に「避難生活」を体験して、突然とゆうことを差し引いても
 「個人的な避難生活」は一ヶ月が限度、とてもそれ以上の長期の避難生活
 は、避難者もその受け入れ側も精神的・肉体的な疲労でまいってしまいます。
 「疎開」は国の政策的な計画のもとに責任実施しなければならない大事業
 だとゆうことです。

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by oikuri | 2015-03-11 20:54 | 八つだより | Trackback | Comments(0)

さくらの湯

2015/03/04(水) (旧暦)睦月14日

 今日は、伊那市の高遠にある信州高遠温泉「さくらの湯」に
つかってきました。
 この温泉は、強アルカリ性の泉質で「つるつる・すべすべ」感
のある気持ち良い湯が気に入ってのリピーターになってます。
 高遠の桜をみたら時間とおひまのある方は是非一度お入りに
なったらとおすすめしたいくらい良いお湯ですよ。
 信州には色々温泉があって、だからかどうか知れませんが、
長寿県になってるのかもしれませんですね。

 温泉こそ、老子のゆうところの道(タオ)の玄とゆうかくされた
側面が表面化して、徳(トク)となって現れる姿(玄徳)そのもの
ような気がします。
 あたたかでこころのなごむゆったりしたからだを芯からほかほか
とぬくめてくれる気持ちの良さはなんともゆえないものです。


  道(タオ)の力(パワー)が
  ひとにじかに働くとき、
  それを「玄徳(ゲントク)」と呼ぶ。
  玄徳のパワーは、
  あなたの身体(からだ)と心を
  ひとつにする。
  命(いのち)に満ちて、
  柔らかな、
  赤ん坊みたいにする。


 加島祥造著「老子」新訳(地湧社)第10章「玄」の深い力 より抜粋

  写真は「さくら湯」温泉の帰り道から眺めた「南八ヶ岳」です。

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by oikuri | 2015-03-04 22:29 | 八つだより | Trackback | Comments(0)