八ヶ岳山麓の阿弥陀岳の麓「美濃戸minoto」での日常生活
by oikuri
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いきる

2015/06/06(土) (旧暦)卯月20日芒種

 天からさずかったこの「いのち」そまつにしたらばちがあたります。どんな極悪人でも、この「いのち」だけは大事にします。でも、この「いのち」じぶんの「いのち」はごしょうだいじにするけれども、他人の「いのち」には無関心なひとも結構います。天は、この「いのち」他人の「いのち」なんてまったく考慮なしに扱います。「いのち」は、区別なくいきそして死にいたります。じぶんの「いのち」だけだいじにするひとは、この公平な天につばすることになりますから、けっして良い結果を生みません。戦争でもうけようなんてゆうひとの末路は、地獄におちるほかにゆくところなし。まあ、そゆうひとにかぎって、地獄なんかあるものかとせせら笑うのが、定番ですがね。死後の世界なんかあるものか、とゆうのもひとつのいきかたですが、死は、この肉体からの解放だととらえるのも、もうひとつのいきかたなのです。どちらのいきかたををとるのも、そのひとの「いのち」の自由ないきかたです。「いのち」は、お互いに大事にして「いきる」ことにいたしましょうね。
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------------ 以下はCMです。無視してくださいね。 ------------
by oikuri | 2015-06-06 20:48 | 八つだより | Trackback | Comments(0)
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